新井秀校長説教集101「汚れた霊が戻ってくる」

2024年9月9日(月)
朝 の 説 教
- 汚れた霊が戻って来る -                       『ルカ』11章24~26節

今日の聖書は〈汚れた霊〉について書いています。聖書巻末の「用語解説」の〈悪霊〉を見ると、「精神的、肉体的な病気や障害など、人間に災いをもたらす霊。汚れた霊と同じ意味」とあります。一度体から離れた霊が、自分よりも更に悪い七つの霊を連れてきて体の中に入り込めば、その人は以前よりも更に悪い精神状態・悪い肉体状態になってしまいます。一度悪霊がいなくなったのに、心の中を良いもので一杯にしなかったからです。人間には善を行おうとする気持ちと、悪の誘惑に負けそうになる気持ちの両方があります。イエス様はここで、心の中をイエス様の愛やイエス様の福音(言葉)で一杯にすれば、二度と不健康で邪悪な心の状態には戻らないと教えているのです。

このことを見事に証明する事例として、今週歌う「くすしきみ恵み」の作詞者、ジョン・ニュートンの人生について話したいと思います。日本で一番有名な讃美歌はきっと「いつくしみ深い」でしょう。でも世界で一番有名な讃美歌はこの「アメイジング・グレイス」です。特にアメリカ人はこの讃美歌が大好きで、「アメリカの第二の国歌」と呼ばれる程です。私はアメリカで3か月暮らしたことがあります。バイブルキャンプなどで、誰もギターやアコーディオンなどの楽器を持参しなかった時、集会で誰からともなく「アーメージング・・・」と歌い始めるのです。皆、歌詞は暗記していて、最後まで見事なアカペラ合唱が続きました。

ジョン・ニュートンは1725年にロンドンに生まれました。日本では江戸時代の中頃、徳川吉宗が享保の改革を進めている頃です。母は熱心なクリスチャンで、幼いジョンを膝に乗せ良く聖書を読んで聞かせていました。でも7歳で大好きな母を病気で亡くしてしまったのです。父親は再婚しますが、ジョンは新しい母が好きになれませんでした。11歳から父の貿易船に同乗し、様々な経緯の後、奴隷船の船長になりました。奴隷船は酷いものでした。ギューギュー詰めにするために、船倉は僅か90センチしかなく、立って歩くことなどできません。おまけに奴隷は5人一組に足枷で繋がれており、一人がトイレに行くには他の4人を引きずってゆくしかない程でした。そんな船が赤道を通過してアメリカに向うのですから、不衛生な船内は悪臭と伝染病で大変でした。でも生き残った奴隷をアメリカに連れて行って売れば、大変な儲けになったのです。

そんな中、22歳の時です。イギリスへ帰ろうとする船が猛烈な嵐に見舞われたのです。波に呑まれて沈没しそうです。ジョンは母に教えられた祈りを思い出し、甲板にひれ伏して涙声で「神様!助けてください!」と必死で祈りました。船は奇跡的に助かりました。嵐で動いた貨物が船底に空いた穴を塞ぎ、浸水を止めることが出来たのです。この救いを通してジョンは自分の人生を深く顧みるようになりました。やがて船を降り、神学校に入り牧師になったのです。奴隷船の船長が牧師になったのです。まさに奇跡です。ジョンの心を満たしていた悪霊、金持ちになりたい、そのためなら、奴隷など人間扱いしない、といったエゴイズムの悪霊が嵐と共に去り、そこに幼い頃、母の膝の上で聞いた聖書の言葉、イエス様の愛の福音が一杯入って来て心を満たしたのです。

アメイジング・グレイスは1779年、ジョンが54歳で牧師をしている時に書いたものです。その1節に素晴らしい言葉があります。saved a wretch like

Meという言葉です。「神は私のような卑劣な者さえ赦してくださった」という言葉です。奴隷貿易でぼろ儲けをしていた頃の自分をwretch 卑劣な、と蔑んでいる所にジョンの深い悔い改めを知り、感動を禁じえません。

クリスチャンになり牧師になったジョンは、イギリスの小さな町の教会にあり、福音を語り、讃美歌を作り、82歳の生涯を全うしたのでした。心の中を悪霊で一杯にしておくのではなく、良いもので一杯にする。良いもの、即ちイエス様とイエス様のお言葉で心を一杯にする時、「奴隷船長から牧師に変わる」という奇跡が生じるのであります。これから「くすしきみ恵み」(アメイジング・グレイス)を歌うとき、是非ジョン・ニュートンの回心の物語も思い出してくれたら嬉しいと思う者であります。