新井秀校長説教集106「からし種のたとえ」

2024年10月3日(木)
朝 の 説 教
― 「からし種」のたとえ ―                        『ルカ』13章18~19節

1 若干の説明

イエス様は実に数多くのたとえ話をなさいました。数え方にもよりますが、約50あります。その中で最も多いのが「天国のたとえ」です。「神の国のたとえ」とも言います。天国・神の国とはどんなものなのかを分かりやすく説明するために、イエス様は30近い「天国のたとえ」を残されました。その一つで最も短いのが今日の「からし種のたとえ」です。イエス様のたとえ話は、人々が日常生活で体験する身近な話題を用い、しかも実に内容豊かなものです。自らも多くの短編小説を残した芥川龍之介が、「短編小説の極致」と激賞した「放蕩息子のたとえ」など、内容が豊かで今日でも愛読されているたとえ話が数多くあります。

「からし種」は世界で最も小さい種の一つです。以前、聖地を旅行してきた友人から小さなビニール袋に入った「からし種」をお土産に頂きました、開いて掌に乗せてみると、息を吹きかけたら皆飛んで行ってしまうなーと思う位、軽くて小さな種でした。でもその小さな種を蒔くと、時には3~4mにも成長し、野草ではなく木でもあるように大きくなるのです。神学校時代に実習させていただいた東京四谷の教会に、大きく成長したからし種の木が育っていました。3mはありました。そこに鳥たちが飛んできて、巣を作っているようでした。まさに今日の聖書と同じ光景が東京の一角でも見られたのです。

2 イエス様はこのたとえで何を言いたいのか?

このたとえが何を言おうとしているかは、意見が分かれています。イエス様の解説が付いていませんので、様々な解釈が試みられています。今から述べるのは私の解釈です。

同じ記事を載せている『マタイ』では、からし種の小ささに重点がありました。こんな小さな種が大木になるという書き方です。『ルカ』では種の小ささには触れず、大きく成長した木に多くの鳥たちが来て巣を作っていることに重点が置かれています。私はこの両方とも重要だと思っています。世界最小の種が地面に撒かれると、時に4mにも達する巨木に成長する。これと同じように、イエス様や弟子たちの活動は「ガリラヤ地方」という世界の片隅でスタートしたが、2,000年後の今日、イエス様の福音は世界中に伝わり、世界の3人に1人はクリスチャンになっている、イエス様の愛の福音はこのように大きく成長し広がったというふうに解釈するのです。そして、福音に生きる者たちがいかに充実した真に幸福な生活を送っていることか。それはあたかも、からし種の木に無数の鳥たちが安住の場所を得たように、主イエスを信じる全ての者に、安らぎと平安・安心を与えていると、私はそのようにこのたとえを理解している者であります。

3 相澤さんのこと

私の友人に相澤さんという人がいます。今85歳です。慶応大学を出て山一信託銀行に就職しました。とても優秀な人です。毎日銀行の仕事が終わると先輩から、徹夜の麻雀に誘われました。一晩中麻雀をやり、朝そのまま銀行へ出勤。そのような生活が2年も続いたある日、会社の健康診断を受けました。すると「肺結核」と診断されたのです。寝不足・不摂生・タバコの吸いすぎが良くなかったのでしょうか。結核になれば強制的に結核療養所に入らねばなりません。相澤さんは当時大阪勤務だったので、兵庫県明石市の結核療養所に入所しました。最も軽い患者で、美味しいものをたべ、ゆっくり寝ての毎日が始まりました。でも数日で退屈になり、イライラが始まり、同期の者が出世してしまうのに俺だけこんなところに入れられて!と不平不満で一杯でした。そんな時、この療養所に古くからいる重病人で、熱心なクリスチャンである40代半ばの婦人を紹介されました。彼女は重病棟の中でも最も重症な患者でした。ガスボンベの力で呼吸をし、一日中天井を見つめるだけの生活でした。人間的に見れば何の役にもたたない無きに等しい存在の中年女性です。でもその婦人はいつニコニコ笑顔が絶えず、目はいつも輝いていました。一方の相澤さんは療養所で一番軽症なのに、毎日イライラして暗い顔でした。この違いはどこから来るのだろう?と考えました。以前寄贈された聖書を片手に、足は自然に婦人の部屋に向いました。毎晩一時間、「証」を交えた聖書の解き明かしを聞き、共に祈る日が続きました。ある日『ルカ』23:34、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているか分からずにいるのです」を読み、イエス様はこのような私のためにも祈ってくださっているのだと知り、涙ながらに悔い改め、イエス様に初めて心を開いたのです。

相澤さんは芸大進学も考えたほどのバリトンの美声の持ち主です。今ではあちこちで聖歌や讃美歌を歌い、主を誉めたたえる人生へと変えられています。

重病の婦人を通して相澤さんの心に撒かれた福音の種は、こうして大きく成長し、相澤さんの人生も、周りにいる人々の人生も、大きな喜びと希望に満ちた人生に変えられたのです。何という恵み、何という喜びでしょうか!