新井秀校長説教集80~終着点エルサレムに~

校長

2022年11月18日(金)

朝 の 説 教

          - 終着点エルサレムに -  『ルカ』19:28~44

イエス様はいよいよ人生の終着点であるエルサレムに入られました。数日後には十字架に掛かって殺されることを覚悟してエルサレムに来られたのです。まだ30歳台前半の若さでした。一体どんなお気持ちだったのでしょうか?今日の聖書箇所から大事な点を3つお話します。

第一は、エルサレムに入る時の情景です。エルサレムはユダヤ人にとっては最も神聖な町であり、心の故郷です。そこにはかつてソロモン王が建てた荘厳なエルサレム神殿がありました。折からユダヤ最大のお祭りである「過越祭」の最中で、エルサレムは多くの人々でごった返していました。そのエルサレムにイエス様は子ろばに乗って入りました。その進む道に、人々は自分の衣服や棕櫚の枝を敷き、「ホサナ!王に祝福があるように!」と歓呼の声をあげ、神を賛美しつつイエス様を迎え入れたのです。ホサナとは元々「神よ、救ってください」という意味です。でもその群衆が僅か数日後には「十字架につけよ!十字架につけよ!」と狂ったように叫び、イエス様を十字架で殺すように叫ぶ集団に変わるのです。何と恐ろしいことでしょうか!若くしての死は人間イエスにとって苦悩の極みであり、ゲッセマネの園で跪いて「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください!」と涙ながらに祈ったように、避けられるなら避けたいことでした。でも神の「人々を罪から救うためには独り子イエスを殺すしかない」という決断が粛々と進むのでした。

第二は41節に「エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いた」ことです。イエス様が涙を流されたことは聖書には僅か3回しか出てきません。一つは先ほど述べたゲッセマネの祈りのときです。聖書には「汗が血の滴るように地面に落ちた」としか書かれていませんが、きっと涙ながらに祈られたのだと私は思います。もう一度は、愛する弟子ラザロが死に、既に4日経っていたのに生き返らせた時のことです。聖書には「イエスは涙を流された。ユダヤ人たちは『御覧なさい。どんなにラザロを愛しておられたことか』と語った」(『ヨハネ』11:56)とあります。このように僅か3回です。神の子であり全能である筈のイエス様が、涙を流された。それは目の前のことがイエス様の心を震わせ、極度の興奮状態に至らせたためです。今イエス様は、エルサレムとそこに集う大勢のユダヤ人を目の前にして、その今と将来を悲しみ憂えて涙を流されているのです。人々を回心させるため何人もの預言者が送り込まれ愛と警告のメッセ―ジを告げたのに、そして最後には神の子である自分も地上に来て悔い改めを求めたのに、人々は全く聞き入れようとしなかった。そのことへの心の底からの嘆き・哀しみ・憂いの涙であります。

第三は43節以降の「やがて時が来て・・・お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう」というイエス様のエルサレム滅亡の予告です。聖書が一貫して語るのは、軍事力が劣るから滅ぼされるのではなく、人々の心が神から離反し、一人一人が欲望のままに生きる時に滅びるのだということです。北イスラエルがアッシリアに滅ぼされたのも、南ユダがバビロンに滅ぼされたのもそうでした。今また神の子であるイエス・キリストを十字架刑で殺すようなエルサレムとユダヤ人たちは、同じ滅びの運命にあるのだとイエス様は深い悲しみの中から告発しているのです。イエス様の言葉は常に真実です。イエス様の死から約40年後の紀元70年の「ユダヤ戦争」によってエルサレムは完全に破壊され、神殿の石垣は崩され、火が放たれ、多くの人々がローマ軍によって殺されました。最後まで抵抗した約1,000人のユダヤ人は切り立った岩山の上にあるマサダの砦で必死の抵抗を見せたものの圧倒的なローマ軍の力の前に集団自決して敗れ去ったのでした。

「あー、エルサレム!あー、エルサレム!」というイエス様の呻くような嘆きの声が、今も聞こえるようです。2,000年前のユダヤ人の不信仰は今の世も同じです。今イエス様がこの世に来られたら、何と言われるのでしょうか?イエス様の教えに耳を傾け、教えに従えるよう努力を怠らない者でありたいと、改めて強く教えられました。