校長説教集54 ~ヘロデの幼児虐殺~

2021年4月16日(金)

朝 の 説 教

- ヘロデの幼児虐殺 -

『マタイによる福音書』2章16~18節

今日はとても話すのが辛い箇所です。でも話さねばなりません。16節に「ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った」とありますが、最初にだましたのはヘロデでした。8節でヘロデは、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言っていますが、「行って殺そう」が本心で、幼子イエスを礼拝する気持ちなど全くありませんでした。権力者は真に勝手なものです。

ヘロデ大王は、政治家としては大変有能でした。力もあり、実に頭も良かった人でした。特に建築事業に熱心で、代表的な功績は、ソロモンが建てたエルサレム神殿を何十年もかけて再建したこと、エルサレムに劇場や競技場を作ったこと、荒廃していたサマリアの町を再建したことなどです。

でも彼には大きな欠点がありました。それは人一倍強い猜疑心です。自分の王位を脅かす危険があると感じると誰でも殺すという残忍な性格の持ち主でした。ヘロデは10人の妻を持ち、子供も多かったのですが、謀反の心があるのではと疑い始めると、容赦なく殺害しました。10人の妻たちの中で一番愛していたマリアンネを、自分が戦争に出かけて留守の間に、自分の伯父(おじ)と不貞を働いたとの疑いをもち、二人とも殺してしまいました。ヘロデは死ぬまで、自分が殺したこの妻マリアンネのことを思い出しては嘆き悲しんだと言われています。更に自分の息子3人や、義理の父まで殺しています。皆、自分の王位を脅かす、自分の位を狙っていると思ったからです。ヘロデは旧約聖書に予言されたキリストが生まれ、やがて自分の地位が危うくなるとの危険を感じ、イエスを見つけ出して殺そうとしました。でもそれが失敗したと知るや、ベツレヘムとその周辺の2歳以下の子供を皆殺しにするという、残忍非道な悪行を行ったのです。母親たちの狂ったような悲痛な泣き声が聞こえて来るようです。

更にヘロデ大王は、自分が純粋なユダヤ人ではなく、エドム人の血が混じっていることに激しい劣等感を持っていました。権力を用いて、書記官に自分の系図を書き直させたとまで言われています。

ここまで話をすると、「あ-、今から2,000年前のイエス様の頃の王ヘロデはなんて残忍で卑劣な人間だったんだろう」で終わりそうですが、私たちは皆ヘロデに似ているのです。加藤常昭という私のとても尊敬する牧師は、説教の中で「ヘロデの罪は私どもの罪です」と言っています。私たちの心の中にも同じ罪が巣食っているのです。思ってもいないような高い地位にき、莫大収入を得るようになれば、自分の地位を脅かす者には容赦のない動をとることでしょう。

新田次郎が書いた『武田信玄』という歴史小説があります。戦国時代最強の武将と言われた信玄でしたが、彼は父を今川家に追放し、若くて有能な長男の義信を東光寺に幽閉し、30歳の若さで自害させました。皆、自分の地位を守るためです。信玄は「三方ヶ原の戦い」で徳川家康軍に大勝し、京を目指す程の戦国大名でしたが、道半ばで病に倒れ、溺愛していた4男の勝頼に家督を譲りましたが、勝頼は「長篠の戦い」で鉄砲を大量に用いた織田信長に敗れ、武田家は消滅してしまいました。

人間、誰もが落ちりやすい罪です。力や能力を誇りながら生きるのではなく、イエス様のように謙遜で、他者に仕える愛に満ちた人生を送ることの大切さを、ヘロデ大王の失敗から学びたいと思います。

こうした数々の悪行の末、ヘロデは、晩年悪病に罹り、苦しみながらエリコの町で70歳で亡くなったと伝えられています。