甲子園日記 8月12日
敗戦と敗北。負けるという意味では同じですが、敗北の「北」には、二人の人が背を向け合っているさまを示し、「相手に背を向ける」「背を向けて逃げる」の意味を持ちます。「敗戦感」とは言いませんが、「敗北感」と表現することはよくありますよね。
甲子園日記 8月12日
敗戦と敗北。負けるという意味では同じですが、敗北の「北」には、二人の人が背を向け合っているさまを示し、「相手に背を向ける」「背を向けて逃げる」の意味を持ちます。「敗戦感」とは言いませんが、「敗北感」と表現することはよくありますよね。
甲子園日記 8月11日
昨日の夜のミーティングで、選手らの満面の笑顔を見ることができました。ミーティング会場には拍手も湧きおこり、ホッとした表情も見られました。
それはなぜか・・・。初戦勝利校に課せられるPCR検査の結果報告でした。「全員陰性確認!」その瞬間、大いに盛り上がったというわけです。大阪入りしてからも、選手はホテルのエレベーターを使用せず、併設されるコンビニエンスストアへも行くことなく、同宿の富島高校と動線を分け、とにかく感染対策第一に過ごしてきました。気を抜くことはできませんが、最悪を想定せず、次戦に挑むことができそうなのは何よりです。
8月10日
佐山、佐山、佐山。選抜までは佐山ありきのチーム。オフの間に今日先発した小林剛介とこんな話しをしたことがあります。「お前は何をするために選抜に行くの?」剛介は「佐山が崩れた時に、何とか試合を作れるように・・・」。と話していました。その時の剛介はまだ「控え投手」でした。「お前、佐山を追い抜き、先発のマウンドを奪うくらいの気持ちを持て!」と叱咤したのですが・・・。
本日阪神甲子園球場で行われた第104回全国高等学校野球選手権大会の1回戦、日大三高との一戦は見事逆転勝利をおさめ、5年ぶりに夏の甲子園での勝利となりました!
聖光学院の先発は、意表を突き左腕の小林剛介君を起用。小林剛君は初回から落ち着いたマウンドさばきをみせます。しかし、低目にコントロールされたスライダーを1番藤巻一洸君に技ありの一打で一・二塁間を破られます。小林剛君は二死後4番浅倉大聖君にセンターオーバーの二塁打を放たれ、1点を失います。
8月8日
成功と成長。明日、一つの結果が示されます。この代は本当にコツコツと一つ一つ積み重ねてきた代です。ウサギとカメの話しで言えば間違いなくカメ。昨年の秋から夏まで、これほど逆転勝利を積み重ねたチームは過去になかったと思います。その根拠は間違いなく「普段」です。
甲子園日記 8月6日
まさかの主将のみが行進する開会式に変更。前日の17時に大会本部から電話による伝達がありました。状況を考えれば致し方のない措置だったとはいえ、あまりに急な変更に戸惑いました。選手はもちろん、保護者らの落胆を考えるとやるせない気持ちになります。
甲子園日記 8月5日
2年前、甲子園中止という衝撃を味わい、その中で行われた代替大会で聖光学院は県大会、そして東北大会を制しました。我々は、甲子園が中止になっても、極めていつも通りの「夏」を戦いました。合言葉は「心の中の甲子園へ」。
甲子園日記 8月4日
大会4日目第2試合、対 日大三高。先日「ご縁」の話しをさせて頂きましたが、赤堀颯主将が引き当てたのは、「死のブロック」と評される強豪揃いのゾーンとなりました。「縁」の話しを続ければ、日大三高の寒川忠主将は赤堀の中学時代のチームメイト。しかも、寒川君が主将、赤堀が副主将でチームを牽引した間柄。こんなこともあるんですね。お互い地元を離れ、強豪校で主将となり、それぞれ苦心しながらチームを作り甲子園で再会する。赤堀も「感性あふれる熱い男」ですが、日大三の寒川主将も優勝インタビューで号泣している姿をみると、きっと情熱あふれる素晴らしい主将であることが想像できますね。高校野球の「聖地」でお互いの3年間をぶつけ合って欲しい、そう思います。
甲子園日記(8月2日)
今日の練習は兵庫県の私立高校のグラウンドをお借りしました。ここの監督の息子さんが本校野球部のOBであり、そのご縁で今回の借用となりました。基本的に本校は勧誘活動をしていません。年間で中学生の試合を観に行くこともほぼなく、様々なご縁の中で「聖光学院で野球をしたい」という選手で勝負しています。高校3年間、どこに行っても楽な高校野球はありませんし、聖光学院に来てもみんなが「本気」で活動していますから、決して楽ではないと思います。もちろん甲子園に行くことも約束はできません。しかし、3年間をやり通し、卒業するときには「聖光を選んで良かった!」と絶対に後悔させない自信がある、それが我々スタッフの信念です。聖光野球部は、これからも「縁」を大切にしていきたいと思っています。 続きを読む →
甲子園日記(8月1日)
7月27日。雷雨のよる2時間の中断を挟む4時間の激闘を制し、3年ぶりの甲子園出場が決まりました。光南高校の粘り強さに苦しみましたが、選手たちは3年間の歩みを十分に発揮し、次のステージに進むことができました。
コロナ禍の始まりと共に入学した彼らの最初の大きな事件は「夏の甲子園中止」でした。1年生の立場で見た3年生の涙は大きな衝撃だっただと思います。そして、次の事件は昨年の夏の敗退だったと思います。コロナ禍に翻弄され、そして先輩達の涙を目の当たりにするたびに、彼らの決意は大きくなっていったことは間違いありません 続きを読む →